<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0">
   <channel>
      <title>わたしのプラネット</title>
      <link>http://equimaster.net/</link>
      <description>それは地球</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
      <lastBuildDate>Sat, 10 Dec 2011 17:23:01 +0900</lastBuildDate>
      <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/</generator>
      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>クルマの仕組みと合宿免許</title>
         <description><![CDATA[
フェードはその初期段階で冷ましてやらなければなりません。


いちばんいい冷まし方は、ブレーキをまったく踏まずに、一定のスピードで走りつづけるというもの。


風を通して、どんどん冷やしてやるというわけです。


が、ブレーキが利かないまま走るというのはやはり危ないから・・・


一般的にはフェード気味だなと気づいたらすぐクルマを止める以外にないですね。


ブレーキはハードに扱わなくても、ほんのちょつとしたことでフェードするので、ふだんから整備などに十分注意を払う必要があります。


わたしのある知人は、峠の上り道で、どうもブレーキがチリチリ鳴るなと思っていたら、突如、スコーンと抜けたように利かなくなってしまったといいます。


これから<a href="http://www.menkyo.co.jp/" target="_blank">合宿免許</a>をとろうとお考えの方は、このようなことに気をつけてみてください。

]]></description>
         <link>http://equimaster.net/2011/12/post_28.html</link>
         <guid>http://equimaster.net/2011/12/post_28.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 10 Dec 2011 17:23:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「自分の本性」以上のものはない</title>
         <description><![CDATA[この世で最も正しい思想や宗教や行いは、その都度自分の正直な心で選び取った思想であり、行なった行為です。


あるアメリカの思想家が


「自然界では、能力があるかないかが正しいかどうかを定める本質的な尺度だ」


・・・と語っているとおり、私達がこの世で「正しい人間」になるには私達自身の能力を高める以外にありません。


それでは、私のように学歴もなく知能程度も人並程度の人間は、どうすれば、その人自身の能力を高めることが出来るでしょうか。


その一つの方法が、私達自身の「心の法則」を学ぶことなのです。


ハッキリ言えば、私のように頭の悪い人は、その分、自分の心を学び、自分の性格を良くすればよいのです。


この話について気になった方は<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話占いのランキング</a>をどうぞ。


]]></description>
         <link>http://equimaster.net/2011/06/post_27.html</link>
         <guid>http://equimaster.net/2011/06/post_27.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 09 Jun 2011 11:23:55 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>子どものいる女性、いない女性</title>
         <description><![CDATA[子どものいる女性は、後世に向けて血脈を引き継いでいくわが子や孫、曾孫を見ることができます。


でも、子どものいない女性にはその展望がありません。


不妊の方も先々が不安にあるかもしれません。しかし希望を持って<a href="http://www.pill-ocic.net/" target="_blank">OC（低用量ピル）</a>などの治療を受けてみてはいかがでしょうか。


話はもどりますが、自分が成熟し、親が年老いて死ぬとき、自分の死と共にサイクルが絶えることに気づくのです。


このように子孫を残せないことは、養女であり、子どもができなかった女性にとつて、さらに大きな痛恨事となります。


たとえ、その女性が養父母やきょうだいを心から愛しているとしても、自分の先祖とのつながりは持続していないし、子孫へと持続させることもできません。


両方向から血のつながりが絶たれていると感じます。


ある女性がいうように


「生まれてからずっと、血を分けた両親がだれなのか知りたいと思ってきました。


自分のルーツが必要だったんです。


もう、子どもができないので、代々続く子孫を残すこともできません。


両方からつながりを絶たれているんです」
]]></description>
         <link>http://equimaster.net/2011/05/post_26.html</link>
         <guid>http://equimaster.net/2011/05/post_26.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 23 May 2011 18:57:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>楽しみ方の違い</title>
         <description><![CDATA[催しものに行くときのハイヤー代金がなければドレスをつくらなくても、ハイヤーを雇わなくても、誰も文句はいわないし、仕事のうえで困るわけではありません。
ひとつのお遊びなのだから。
労働者階級の人なら、そんな堅苦しいのはゴメンだよ、という人も多いし、上流階級出身だって、そんな場所へは出たくないといって、絶対に出席しない人もいる。
いやなら行かなければいいと考える。
いやなのに、誰それが行くから行かなくてはと無理をしたり、行ったうえで悪口をいったりというのはイギリス人には少ないようですね。
貧しい家の若い女性は行きたくても行けないではないかと抗議する人もいるかもしれないが、それはどこの国にでもあることで、音楽が好きでも、三万円もする切符は買えないというのは日本にでもあります。
だから、イギリスだけの差別ではありません。
若いときにはお金がなくても、自分で稼いでいい収入をとるようになるのは決して難しいことではないし、結婚した相手の収入がいいこともあります。
さらに、若い人がそういう場所に行くときは、ドレスも宝石も決して高価なものである必要はありません。
ただ、ここでいいたいのは、そういう場へ出るときには、それなりのルールやマナーを守ることが期待されているということですね。
そして、そうするほうがみんな楽しく一夜を過ごせるということなのですね。
別に、舞踏会へ乗り込んで革命を起こそうというのではないから。
イギリスの伝統的な風習に一方で憧れがありながら、他方でそれは差別だと騒ぐ日本人がいることから、いやなら自分がやらなければいい、する人の悪口をいうことはない、みな同じに生きるわけではないし、楽しみ方の違いなのだから、といっておきたい。
ディナーやパーティでも着れるような<a href="http://sunnysidedaisy.ocnk.net/" target="_blank">マタニティウェア</a>ってないのでしょうか？
]]></description>
         <link>http://equimaster.net/2011/04/post_25.html</link>
         <guid>http://equimaster.net/2011/04/post_25.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 26 Apr 2011 19:31:43 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>写真の明暗</title>
         <description><![CDATA[写真の明暗、濃淡は、フィルムに含まれている乳剤中の銀の多い、少ないによって表現する。


カラー写真でも色素そのものの濃度の濃い、薄いで画像を表現しています。


だからグラデーション(色の階調)をつけて、明るい部分から暗い部分への変化を自然に表すことができます。


ところが、今一番多く使われているオフセット印刷ではローラーに平均にインキをつけて刷るので、紙の上には同じ量のインキしかのせられない。


場所によって細かくインキの量を変えることはできないのです。


インキがつくか、つかないか、これがオフセット印刷の表現方法です。


そこで網点が考えだされました。


勿論、<a href="http://www.recycle-toner.com/" target="_blank">リサイクルトナー</a>も印刷に密接に関係しています。

]]></description>
         <link>http://equimaster.net/2011/03/post_23.html</link>
         <guid>http://equimaster.net/2011/03/post_23.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 21 Mar 2011 13:34:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>冠詞のセンス</title>
         <description><![CDATA[イリノイ大学はThe University of Illinoisというふうに定冠詞がつきます。

しかし南イリノイ大学はSouthern Illinois Universityというふうに冠詞なしです。

他の場合もUniversity of...と始まる場合は冠詞が必要です。

東京大学はアメリカ式に言えば、The University of Tokyoですが、Tokyo Universityと訳す人もいます。

しかしThe Tokyo Universityとはならないわけです。

日常よく間違う例は他にもあります。

I am from Illinois.(私はイリノイ出身です。)に対し、area(地方)ということばを使う場合は必ず定冠詞が要り、I am from the Illinois area.となります。

冠詞の使用で初心者が戸惑うのは、話が進むにつれて冠詞が変化する場合です。

I bought a book yesterday.と話し始めますが、会話が進んで同じ本を意味する時は、abookがthebookとかitに変化します。

<a href="http://www.espritline.co.jp/bs/" target="_blank">石川遼　英語</a>では自然とこのようなことが身につくようです。

冠詞の勉強においてルールの丸暗記は役立ちません。]]></description>
         <link>http://equimaster.net/2011/03/post_24.html</link>
         <guid>http://equimaster.net/2011/03/post_24.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 14 Mar 2011 17:50:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>企業提案</title>
         <description><![CDATA[こんにちは。今回は真面目なお話を(*･ω･)ノ


生活発想からの企業提案は、まず、発想の起点を生活のなかにおくので、そうしたことの起こる余地はありませんでした。


生活設計が主体におかれたときの個々の商品は、各々の生活設計を具現化するための素材であり、一構成要因です。


メーカー、流通業者の努力方向がそこへ集約したとき、生産から消費に至る過程での無駄は省かれる。


従来の<a href="http://www.comix.co.jp/" target="_blank">広告代理店</a>に見られた欠陥のいくつかは、流通、商品、消費者をそれぞれバラバラな要素として扱ったことからくるものでした。
]]></description>
         <link>http://equimaster.net/2011/02/post_22.html</link>
         <guid>http://equimaster.net/2011/02/post_22.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 17 Feb 2011 13:00:48 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>旧国道37号</title>
         <description>時々立ち止まるたびに、誰かかれか、追いついてくる。

明るい浅葱色のトレーナーにジーンズに、真っ赤なリュックという伊藤桂子さんが、ひときわまぶしい。

たのしそうな顔、顔、顔。

今日もねらいが当たったなあ－この道は、実は北海道にある国道37号の旧道なのである。

新しい国道が山裾に沿って直線的に静狩峠へ向かい、トンネルで峠をくぐったあとまた一直線に室蘭をめざすのに対して、旧道はほとんど等高線に平行にひどく屈曲しながら高い山腹を縫い、トンネルなしのほんとうの峠越えをしている。

クルマはもう全く通らなくなり、人もほとんど歩かなくなって半ば打ち捨てられているのであろうその地図上の姿が、いたく私の足をうずうずさせたのであった。

そしてそれが予想通り、いや予想をはるかに超えて、快く愉しい道だったのである。

この道のためだけに北海道　旅行に来た甲斐があった。

この峠越えの旧道が伐り開かれたのは、江戸時代のことらしい。

静狩を「山の手前の行き止まり」にした断崖の下に海沿いの道をつけることは不可能に近い難事であったので、このような「山道」がつくられたのだ。

明治に入っても山道は一向に改修されなかった。

旅人の多くは難渋な陸路を避けて、森から室蘭への船を利用したせいもあって。

昭和40年に現国道が開通するまで、明治27年にようやく小規模な改修が行われただけで、はるか昔の峠道とあまり変わりのない姿を、それは保っていたのである。

そして今また道は、江戸から明治にかけての趣きを、よみがえらせているのであった。</description>
         <link>http://equimaster.net/2011/01/37.html</link>
         <guid>http://equimaster.net/2011/01/37.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 31 Jan 2011 18:08:02 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>宝物</title>
         <description>北海道ツアー客がよくいる温泉街のあたりの急流は、昔は滝であって、日高から大雪山を越えて、石狩の宝物を狙って来た野盗が、筏にのってこの辺までくると、山の端に素裸の女神が、赤い布で鉢巻をして踊っていました。


野盗たちは生唾をのみながら、舵をとることを忘れてそれに見とれ、ドボドボと滝壺に沈んでしまった。


蝦夷ローレライです。


ここをカムイオペッカウシ(神が尻を川の上に出している)といいます。
</description>
         <link>http://equimaster.net/2011/01/post_20.html</link>
         <guid>http://equimaster.net/2011/01/post_20.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 10 Jan 2011 15:58:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>移動中は寝ないように</title>
         <description>わたしも長い旅行の時や、早起きで寝不足が続いた時など、つい居眠りしてしまうことがあるが、なるべく移動中でも眠らないように心掛けている。


バスや列車の窓から眺める刻々と移り変わる風景は、まさに動く映像である。


この映像はどんな超大作映画にも真似することのできない、「自然」というテーマの動く風景写真集だ。


あるときは、どこまでも続く海岸だったり、またあるときは深山幽谷の山の中であったり、風光明媚な渓谷であったり、眠くなるように退屈な田園であったり、ときには人工的な建造物が林立した都会を走ったりと、まるで窓の外の景色のほうが動いているように見えるが、実際は乗っているこっちのほうが動いているのだから、体感映画館とでもいえばいいのか。


とりわけ、この北海道の雄大な自然はいつまで眺めていてもあきることがない。


とにもかくにも、北海道　小樽　寿司が楽しみだった。
</description>
         <link>http://equimaster.net/2011/01/post_21.html</link>
         <guid>http://equimaster.net/2011/01/post_21.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 05 Jan 2011 11:37:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>サービス介助士の試験</title>
         <description>試験時期 随時	
各スクールでの「サービス介助士2級検定取得」講座の最終日に検定試験が行われます。

受験可能な場所：
東京・大阪・名古屋・千歳・仙台・広島・高松・福岡・那覇

合格率：
約90% 

資格開始時期 2000年3月
 
累計合格者 11.870名</description>
         <link>http://equimaster.net/2010/12/post_19.html</link>
         <guid>http://equimaster.net/2010/12/post_19.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">その他</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 26 Dec 2010 12:32:02 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>よく使うモノの歴史　その１１</title>
         <description>電話はもはや現代人のコミュニケーション世界を完全に制圧してしまったようです。

この状況を、前世紀のパイオニアたちの誰が予想したでしょうか。

たしかにベルは、「水道やガスのように電話線が家々に取りつけられる日」を夢見てはいました。

今日、電話はこのベルの夢をさらに超えて大発展を遂げたわけですが、その最大の要因が、おそらくは発明家の天才でも、人類のおしゃべり欲求でもなく、声を規格化し、市場化していこうとする２０世紀の資本主義のあくなき欲望であったことは忘れないでおくことにます。
</description>
         <link>http://equimaster.net/2010/12/post_18.html</link>
         <guid>http://equimaster.net/2010/12/post_18.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">電話とは</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 05 Dec 2010 15:03:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>よく使うモノの歴史　その１０</title>
         <description>今日的な意味での電話が誕生したのは、まさにこの時でした。

技術的には１９世紀後半から開発されていても、会話のメディアとして電話が成立するのは、まさにこの第一次大戦後のことなのです。

そして電話は２０世紀の会話メディアとして、ラジオやテレビと並行しながら大発展を遂げていきました。

我々は今日、電話によるおしゃべりの声が地球を覆い、ほとんど距離の遠近法を麻痺させてしまう社会を生きています。

街を歩けば至るところで携帯電話を手にした人とすれ違い、家でも長電話はごく日常的な慣習です。
</description>
         <link>http://equimaster.net/2010/11/post_17.html</link>
         <guid>http://equimaster.net/2010/11/post_17.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">電話とは</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 17 Nov 2010 15:03:28 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>よく使うモノの歴史　その９</title>
         <description>電話をより大衆的に普及させていくには、自動車やラジオを争うように買い揃え、デパートでのショッピングに興じる層の嗜好を意識していく必要がありました。

今や電話のセールスは、自動車のそれと同じように快適さやテイストによる差別化の欲求を満たさなければならなかったのです。

そうしたなかで、友人の電話番号を知っていることを強調する広告が考案され、私的な親密圏と電話のネットワークが重ね合わされてもいきました。

電話はいまや、必要を満たす手段という以上に、快適な生活を楽しむための消費財と見られ始めたのです。
</description>
         <link>http://equimaster.net/2010/11/post_16.html</link>
         <guid>http://equimaster.net/2010/11/post_16.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">電話とは</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 06 Nov 2010 15:03:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>よく使うモノの歴史　その８</title>
         <description>今世紀初頭、交換手側に起きたのが「声」の規格化なら、通話者側に起きたのは「声」の市場化でした。

草創期の事業家たちは電信的なイメージに捉えられており、電話を距離を超えた友人や家族のおしゃべりメディアとは考えていませんでした。

ところが１９２０年代、産業側は突如として電話を家庭における社交性のメディアとして広告し始めます。

たとえば、１９２３年のベル電話会社の広告は、

「電話は私たちを、ほとんど実際に面と向かっているのと同じような状態にさせてくれます。これは、実際に会うのの次に優れたやり方です。・・・皆様に『貴方の声は貴方自身であること』に気づいていただきたいのです」

と宣伝していく。

こうした認識の転換が生じた背景には、２０年代の北米で、自動車や家電製品が大衆消費財として爆発的に普及していったことに対する電話事業者のあせりがあったそうです。
</description>
         <link>http://equimaster.net/2010/10/post_15.html</link>
         <guid>http://equimaster.net/2010/10/post_15.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">電話とは</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 15 Oct 2010 15:02:52 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
</rss>

